大木神父からの手紙

----- Original Message -----
From: 口先税理士
Sent: Monday, January 08, 2001 4:55 PM
Subject: 大木神父からのメール


INET GATE ING00104 99/09/16 00:13
題名:メール 拝見しました

Date: Tue, 14 Sep 1999 20:31:02 +0530

 お返事 遅くなり 申しわけありません
夏休みで 連日 千客万来,国内線の旅客機がマイクロウェーブの中継塔に衝突して国際線はもちろん国内の市外電話も不通,電圧低下でプロバイダーのコンピューターが不作動,そして私のPCも不調のための 修理で入院 などなどだったのです. ごめんなさい.

 さて 用件に入ります.

 最近のネパールでは かなりの田舎に入らない限り 日常の衣類はバザールに 十分 出まわっています.
 縫製など だいぶおざなりのもの 粗末なものがほとんどですが、それなりに 安価ですので 日本からの送料よりも安いほどです.

若い人の ジーパンのようなものは 歓迎され 活用されますが、婦人用の上等なワンピースや ツーピースなどの スーツ類は、よほどの上流家庭高収入のキャリヤーででもないと 使えません。

 貧しい婦人達は 現在も 昔ながらの木綿のサーリーのたぐいしか着用しません。ただし セーターやカーディガンでしたら 大喜びで使ってくれます

 子ども達の服でしたら 男児 女児 ともに役に立ちますが 安ものを使い捨てのように扱う習慣のため 上等なものがもらえても 大事にする 大切にするということは ほとんどなく 「贈り甲斐」のない経験も多々あります。

 配ることも ひとつのたいへん難しい仕事になります

 一人にあげると 友達が妬みます 一軒の貧しい家庭の援助をすると隣の家の人々がどなってきます。

 昼間に贈り物を持っていけば プライバシーの全くない社会ですから、隣近所の人々に取り囲まれて 全員のプレゼントを準備していない限り、大騒ぎになってしまいます。

 あるアメリカ人のボランティアは 委託された衣類がたくさんたまってしまったため トラックに積み込んで田舎へ行き 村人の集まっていた広場につくと つぎつぎに 衣類を放り投げ 撒き散らしました。そして フルスピードで引き返してきたのです。
 あとには 怒号と叫び声 喧嘩と叫喚の渦が残り 村人達のあいだに深いしこりと 心の傷が残っただけとは ご想像のとおりです。

 ある 日本の中高生のボランティア グループは 文房具だけでしたが、段ボールに入れて スクンバシと呼ばれる貧しい人々の集落に持参しました。
 ところが 広場で配り始めたところ 大群衆に取り囲まれ われ先にと叫びながら 手を伸ばし 体当たりまでされて 身の危険をおぼえリーダーの先生の「逃げろ!」という大音声で やっと引き上げることができたという報告もありました。
 生徒たちは あまりのことに 泣き出してしまっていたということです。

 私たちのセンターでは 600羽ほどの小さい養鶏場を営んでいます。
 卵の数が揃うと 茹でては 近隣の公立の小学校に配りに行きます
配る仕事は 障害を持ったうちの生徒たちです 小さいバケツにいれて各教室を回り一人一人の子ども達に手渡ししていきます。

 鉛筆などをお預りした時は やはりうちの子ども達が 2本づつ3本づつと手渡しして 配ります。

 学園という環境の中で 静かに 秩序よくことが運びますから 授業に差し障りもなく おたがいの 善意と感謝の微笑みのなかで スムーズに終始し
ています。

 しかし これができるのは 一つの卵 何本かのえんぴつなどだからであって シャツやズボン セーターやコートなどという多種類の衣類などでし
たら 混乱は避けられないでしょう。

 それで 衣類をお預りすると ほんとうに必要としている人々を捜し出すいとまもないまま ついつい 貧しいことは確かでも いちばん貧しいとは言えないかもしれない 身近な人々 何かの縁のあった人たちに それも繰り返し配ってしまうということが まま起こりがちとなることを申し上げなければなりません.

 そうすると 縁とコネとによる 再差別を生み出すこととなってしまいます。
 贈られる方々の善意は 貧しい人々が みな等しく平等に 喜びと幸せを味わって欲しいと念じておられるに 違いないと思いながらも.....です。

 郵送は想像以上の費用がかかります そして受け取る側は 関税を支払わなければなりません. それも 担当官吏のさじ加減一つで 割安なこともな
いわけではありませんが たいていは段ボール一個につき数百ルーピーの納税を要求されます 女性用の小奇麗な服 上等な通学靴 輸入物のジーパン
などが買える金額です.

 担当の税官吏か 郵便局員か 皆目究明できないことですが 汚く押しつぶされた段ボールから荷抜きされた行跡の歴然としていることも 日常茶飯事です。

 不要となったもので こちらの貧しい人々も使えるような衣類でしたら、そして ご来訪の際の手荷物としてお持ち下さるのでしたら よろこんでお受けし お預りしています。
 しかし わざわざ新しいものを購入されたり 郵送されたりするというお申し出は 感謝しながらも いつもご辞退しています。

 幸いにと言えるかもしれませんが 現在のこの国では 飢え死にする人も まずいませんし 裸で路上をうろつく人も ないと言えます.

 学校に行けない子どもや 医療費の払えない病人などには 助けの手を伸べてあげなければなりませんが 一般には 貧しいとはいえ いちおう人間
らしい生活の営みができています。

 この人たちは 頂けるなら頂きたい 貰えるなら少しでも多く貰いたいという心はあっても 日常生活のうえでは 人様から衣類とかお金とかの援助を期待することはなく それなりの自立心で日々を過ごしていると思います。

 そしてもし こういった人々が 何かくれるのではないか 何か貰えるのではないかといった貰い癖の心で 私たちの眼差しを探るようになってしまったとしたら 私たちは とんでもない大きな過ちを犯していると認めるべきでしょう。


 学校に通えなかった貧しい家庭の子ども達 十人あまりを学校に送っています 学用品 かばん 制服 靴 ハンカチ リボン 靴下まで そして いろいろの名目で納めさせられる学費など 親が負担できなかった出費のすべてを 引き受けています ひとりあたり年額 5・6千円で足りています.

 上等な鉛筆などを 子ども達のためにといってお持ち下さる方々がおられ、ほんとうに嬉しく思い いつも感謝しています.そして 学年始め 学期始めごとに いちおう必要なものは すべて揃えてあげます.

 しかし 学期のあいだに たとえば 鉛筆が必要になった といった申し出があってもお預りしたり 頂いたりした日本製の上等な鉛筆などは与えません.

「それくらいのことは 親に言って買ってもらいなさい」と言います.
それは「必要なもの」だからです.

 そして 何かのご褒美に 何かのお祝いに あるいは お客様からのお土産だからといったケースに限って 日本製の上等品を 必要だからではなく
「プレゼント」として与えることにしています.

 毎年ダサインという大きなお祭りがあり 人々は最上の服を着用し最高のごちそうを囲んで 祝い合います.

 自分の好き勝手に使える小遣いなど 持ったことのない貧しい娘たちも年頃ともなれば ダサインの祭りには やはりきれいな服を着飾りたくなります.けれども 貧しい家庭としてはそのような出費をまかなう余裕など ありません.


 4才5才のころからのお付き合いですから やはり私のところへ甘えを訴えてきます.でも 甘やかさないのがほんとうの愛と 心を鬼にしてきびしい条件を出します.「親が買ってくれないなら 自分で稼ぎなさい」そして 炎天下太陽に焼かれながらの芝生の手入れを提示します.意外にも着飾りたいという。
 乙女心は この難題をすんなりと受け入れました.

 3年ほど前から うちの女学生(?)たちは 段ボール数個分の関税額ほどの小遣いを自らの汗で作り上げ 思いのままの美服で少女期の美しさを楽しむようになりました.

 ネパールという国は 王様も 大臣たちも, 役人も 警官も また 教師や実業家もそして 隣の人も みな「貰い癖」のかたまりです.

 国際協力とか援助とか そして 福祉という名前では 豊かな国の人々までがあわよくば何でも貰ってやろうといった心情に流されているのは 自立心を育てることを忘れた履き違えの慈善・博愛主義や運動のように思います.



 ごく手短にお返事を差し上げようと キーボードに取り組んだのですが ついついいつも心に秘めていたことが つぎつぎに流れ出てきて このようなお役にも立たない 冗長なメールになってしまいました.
 たぶん ここまで目を通しても頂けなかったことでしょう.
それで いいのです.自分勝手な迷論に過ぎないのですから.
こんなことで あなたの貴重な時間を取ってしまったとしたら お赦しください.

では ここで終わらせて頂きます. 早々 


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